京都って、いつの間にかカフェ文化になっているんですよね。観光地から生活圏まで、至る所にカフェがある。和風なものは勿論、レトロっぽいのからモダンなのまで、バリエーションも豊富。東京以外の都市ってあまり知らないので根拠はないけれど、おそらく、カフェの数や種類の豊富さに関して、京都は他の都市と明確な差異化が図れるだろうと予想します。
東京にも、勿論カフェはあります。でも、なんとなく京都のカフェとは違う。その違いを考えてみます。尚、ここでいう「カフェ」に、スターバックスやタリーズ、ドトール等は含まないものとします。
(1)なんか入りづらい。こうやって違いを考えてみると、こうしたカフェの差は、スタバ、タリーズ、ドトール等の大量出店型カフェの数から来るような気がします。東京では、カフェ需要の多くをスタバ等がガバっと抑えているのに対し、京都では、スタバ等の数が少ないので、豊かなカフェ文化が育ったのかもしれません。
まず、東京のカフェは明らかに女子(20~30代の女性)向けの場所が多い。女性連れで無い限り、男性は入りづらい。年配の方々も多分同じ。
次に、見かけ上レストランとかとの差異が小さいために、「ちょっとお茶していく?」と言えるようなカジュアルな空気をあまり感じない。「よし、カフェに行くぞ!」というちょっとした決意が必要。
(2)バリエーションが少ない
大半のカフェは、清潔で、明るく、女子ウケする雰囲気を醸し出している。素材としては、新しい木材やタイル、ガラスが使われていることが多い。
(3)いまいち落ち着かない。
なんか、東京のカフェの方が回転率が高そう。
別にリラックスできないわけじゃない。でも、本も読まずに2~3時間ボーっとできそうな(したくなる)カフェって、東京にはかなり少ない。
例として、スタバの特徴↓
長時間いてもOK。室内は落ち着いたトーン。本も読めるし勉強もできる。 店にはとても入りやすい。「ちょっとお茶していく?」に最適。東京では、ここのスタバ等の大量出店型カフェの存在感があまりに圧倒的なので、小規模カフェが差異化を図って生き残ろうとすると、「小洒落た(明るく清潔)」「女子向けの」カフェにならざるを得ないのかもしれません。
でも、「店の周辺を行き交う人々の生活に、カフェ文化を如何に溶けこませるか」にさえ注意を払えば、スタバに負けないカフェも運営可能じゃないかなぁ。
1人で本を読む/勉強するのにカフェに入る、若い夫婦が休日にちょっと散歩したついでに休憩がてらカフェに入る、観光客がついカフェに入りたくなる。決して特別じゃない。でも、ちょっとだけQOLを上げる。そんなカフェが欲しいです。
この話は、ローカルとグローバルとの対立構造に帰着するのかな(ここでは、日本中にあるものはグローバルと定義します)。グローバルに刺激されて、ローカルが活気づくのが理想だけれど、資本力の違いってものがあるので、実際には難しい。なんで京都カフェはローカルがちゃんと生き残っているんだろう。考えていく必要があるな。
0 件のコメント:
コメントを投稿