2012年3月19日月曜日

書籍:マスコミは、もはや政治を語れない 徹底検証:「民主党政権」で勃興する「ネット論壇」

著者:佐々木俊尚
評価:☆☆☆☆
カウント:29冊目@2012

マスコミ報道の怪しさと、それに対するブログを中心としたネット上の動きとを対比しながら記載した本。マスコミ報道の怪しさは、私自身も最近頓に実感するところで、腑に落ちるところがいくつもありました。例えば、この本にも取り上げられている小沢事件について、私も概要の全体像はよくわからないなぁ、と思っていたところ、この本を読むことで、(わざわざ)わかりにくく報道していた新聞側の問題だったのね、と納得しました。こうやって情報操作されていくんだなぁ。コワイコワイ。

マスコミ報道の怪しさは、きっと今に始まったことじゃない。以前から感覚的に「オカシイなぁ」と思っていたところが、ネットの発達、情報発信技術の発達によって、オカシイと感じている人の存在が明確になった、というだけのことだろうと思う。そう思うと、インターネットってかなり本質的だし、すごい技術だ。世の中に普及し始めて20年くらい経っているのに、まだまだ新しいインパクトを社会に与え続けている、そのことに感心する。もっとネットを取り入れれば社会はもっとドラスティックに変わるし、是非その変化を日本全体が受け入れて欲しい。

「マスメディアが検察/政治家/警察と取引している」「その取引の結果、監視の役目が果たせず、検察/警察等の権力側に偏った報道がなされている」云々の話が出てくるけれど、「検察/警察等の権力側に偏った」論調は、「全て検察等の権力側から一次情報をゲットするための必要コスト」と割り切ればいいような気もする。
例えば、ネット上の各種ウェブサイトには情報と共に広告が掲載されていることが多いけれど、あれと一緒(より分離しづらくなってるだけ)。社会システムとして、権力側の一次情報をゲットするためには、付随して「権力側の広告(=各種マスメディアの権力側に偏った分析/推測/論調等のネガティブキャンペーン)」を載せなければいけないものなのだ、と理解する。ウェブサイトにバナーが掲載されていてもクリックする人は少ないのと同様に、検察よりの論説が出ていても、市民は原則無視する、というのが前提だけれど。
・・・もう少しマスメディアや権力側の信用度が堕ちないと難しいか。

著者の政治感覚は、一般市民であるところの私の感覚に非常に近く、亀井元金融相の政策(私が最もキライな政治家の1人です)や、八ッ場ダムへのアプローチ(情緒的に寄り過ぎ)等に対する議論の纏め方は納得できる。しかしながら、本書の中で取り上げられているマスコミの記事は大半が朝日新聞と毎日新聞であり(実家で朝日新聞を取っていたので、その酷さは私も十二分に承知しております)、読売新聞や産経新聞、日経新聞といった右寄りの新聞がほぼ出てこないことに恣意的な印象を受ける。また、ブログの記載を色々と取り上げているところ、著者は、質の高い(+著者の考えに近い)エントリを集めて切り貼りすることにより、質の低いマスコミVS質の高いネット、として演出して議論をやや意図的に方向づけているようにも思える。

ま、マスコミだろうがネットだろうが(この本だろうが)、全部話半分(1割?)ってことで。結局、「自分のアタマでかんがえる」のが大事だなぁと思う今日この頃。

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